長かったお休み

連休の間に、元号が変わりました。
平成になった時は昭和天皇が亡くなられてのことでしたから、
静かな中でさまざまな祭事が行なわれていたように思います。

今回はそうではないからでしょうね、
カウントダウン・イベントが行われていたり、
「祝」や「おめでとう」が溢れていたようで。

どうか、穏やかな時代でありますように。

画像かわいいフリー素材集https://www.irasutoya.com/2019/04/blog-post_126.htmlからいただきました。



前代未聞の長い連休、私は10日間自由時間をいただきましたが、
連休中もずっとお仕事されていた方々、ありがとうございました。


私は何かをつくる(編むとか刺繍とか)気にならないまま、
友人とのランチ3回(ありがとう)、
通勤路にいる馴染みのネコたちのところへ2回(会えてありがとう)、
そして、お墓参り2回。


1回は、仕事の関係で知り合い、とてもよくしていただいた、イギリスの女性のお墓。

昨年12月に突然亡くなられたのですが、生前から樹木葬を望まれていたそうです。
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その方が選ばれたエリアは芝生に覆われています。
3月末に入られたので芝生にはまだ跡があり、どこにいらっしゃるかわかりました。
周囲の芝生とつながってしまうと、どこかハッキリとはわからなくなります。
例えば地図帳のアルファベットと数字をたどっていくようにするとわかる、番号がついています。

ここは、ペットと一緒の樹木葬のエリアもあり、以前から興味がある霊園でしたが、
この日は見学予約もしていませんでしたから、パンフレットをいただくだけで帰ってきました。
1つの選択肢として、なんとなく気になっています。



もう1回は両親のところ。
電車50分ぐらい、バス最速で45分。
いつも不安な道中ですが、道が混んでいて行きはバスが60分もかかってしまい、
でも抗不安薬を飲んで眠っていきましたから、大丈夫でした。

天気がよければ富士山が見えるのに、曇っていて残念。
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もっと足繁く行きたいものですが、年2~3回しか。
ごめんなさい。



連休中に5月になったので、ふと思い出して、昨年ツバメが巣作りしたところに行ってみました。
あるお店の軒下、排気口の上です。

なんと、すでに糞受けがつくられていて、お店の方々の優しさが嬉しい。
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しばらくいろんな方向から見ていたら、
親鳥が中で動いてくれたようで、シッポが見えて、次いで全身が!
雛がかえるのが楽しみです。
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さてさて、明日からまた日常が始まります。
慌ただしい日々にも出折りますから、気持を切り替えないと。


といいつつ、明日は2012年にルンが来た日であり、
2017年にしーちゃんが保護者さんに引き取られた日です。
なんてことに思いを占められています。

きいちゃんのこと

あれは2014年の春、
ある場所で、猫たちのTNRが行なわれていました。

捕獲して(Trap),不妊去勢手術を行施し(Neuter),元の場所に戻す(Return)運動。
今は「さくら猫」というかわいい名で呼ばれている、耳をカットされた猫になって戻ってきます。

その辺りで猫達を追い出そうとする動きが続いていたための対策でした。
もう増えませんから、どうか、住まわせてあげてください、というお願いを込めて。

何人かの人たちが数日おきにケージを設置しにきます。
猫がゴハンにつられて中に入ると入り口が閉まるケージです。
誰も入っていなければ翌朝はケージの撤去だけですが、
夜のうちに誰か入ってしまえば、おそらく猫の「出してえ!」の声が響き、
翌朝にはどこかへ連れていかれてしまう。

数日後に戻ってきた彼女か彼は、友達や家族にどんな話をしていたでしょうか。

  こういうことをしないと他の動物たちと共生できない人間って・・・・・・。


ま、とにかく、そうした日々のなか、ある猫の出産に異常が生じました。
このコ
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このコは、2008年生まれだと思います。
1年後に最初の子どもを産み、その後も毎年出産。
ある年は春だけでなく秋にも。

ルンはこのコが2012年に産んだ子どもです。


2014年の春に話を戻します。

そんなわけで、もともと小柄なのに出産を重ねてしまって、
おそらく体力も落ちていたでしょう。
住みかの辺りが何やら騒がしくなり、
お腹が大きかった猫もペタンコになって帰ってくる。

日に日に不安が大きくなっていたと思います。


そして、
ある夕方、たまたま彼女に出会いました。

なんと、お尻から子猫を2匹ぶら下げて、
何かから逃げるように小走りしていたのです。

あまりにビックリしてしまい、ただただ見つめていると、
1匹が落ちて、もう1匹をぶら下げたまま離れた場所の土を掘ろうとしたものの硬くて爪がたたず、
ぶら下げたまま行ってしまいました。



置いて行かれてしまった、落ちた子猫。思わず手に取っていました。
後で埋めてあげるつもりで。
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向こう側にあるのはハンコです。どんなに小さいかおわかりになりますか?


その日は故あってすぐに帰れなかったので、ハンカチに寝かせてみたら、
・・・・・・・・・・もうだめだと思い込んでいたのに、・・・・・・なんと、息をしていたのです。



慌てて、でも勇気を奮ってへその緒を切り、糸でしばって、
タオルやティッシュで拭いてあげたら、
まあ、なんて可愛らしい。
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初乳を飲んでいないのがとても気になるのものの
猫用ミルクが無いので、ハンカチにお水をひたして吸ってもらうしかなく。

すごいカギしっぽなので「きいちゃん」

帰る時刻は普通の獣医さんが終了していたので、
夜間動物病院へ。

通常の50%から60%ぐらいしか育っていない。、
プロでも育てるのは難しいと言われましたが、
手当てをしていただき、
近くの薬局で子猫用粉ミルク缶を購入し、帰宅。

男のコ。

ちっちゃい
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ちっちゃい
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ちっちゃい
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母猫が環境に恵まれなかったからか早産だったのかもしれませんが、
でも、ちゃんと爪もあるのです。
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ルンは理解ができなかったのか、
自分には何もできないと思ったのか、
遠巻きに見ていただけ。
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ミャミャはそっと近づき、
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お腹に抱いてくれました。
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ルンが子どもだった時のように。
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私が抱くより、猫のお腹の方がいいですから、ミャミャに感謝、でした。
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夜中などのために、小さなバスケットで専用ベッドを作成
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タオルの下にカイロ。


ちょうど週末だったので、土日は一緒に過ごしました。
ミルクをあげて、排泄を促して、息をしていることを確認して。


しかし、仕事に行かなくてはなりません。
離れがたかったのですが、獣医さんにお預けし、
お世話をお願いしました。
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その獣医さんも、難しいねえ、と。

仕事帰りに会いに行き、無事を確認し、撫でさせてもらって。
週末に連れて帰るのを楽しみに。


でも、ある日獣医さんからケータイに電話が入り、
その朝亡くなっていた、と。

肺がよくなかったんじゃないかと言われましたが、
とにかく早産で未熟児で初乳を飲んでいなくて、
それでも数日間。よく生きてくれました。

とはいえ、なんとかもっと生かしてあげたかった。
せめて目が開いたら、生まれてきた世界を見せてあげられたのに。.

2014年4月18日から4月24日朝までのいのちでした。

3月の「ベルのこと」に、保護することに迷いをもたない方々について書きましたが、
逆の信念をもつ人もいらっしゃいます。

きいちゃんを連れて帰ったことを知った、ある人から、
「野生に手を出してはいけない」
さらに、「あんた、残念な人だねえ」と、否定されました。

それぞれの経験や立場でいろいろな考え方があるのは当然です。
でも、私は相手の人格まで否定するようなこと、言えないなあ。
へこみました。


でも、私は目の前のあのコを放っておけなかった。
でも、自分一人では世話ができなかった。
そう、自分だけでできないことをしてはいけなかったのかも。



気分を変えて、

とにかく、2014年の今日は彼は息づいていたのです。

もちろん、ミャミャちゃんもルンくんも。

忘れません。


今日の話は、2014年4月のブログと同じ話題ですが、彼のことを書きたくなってしまいました。
https://myamya.at.webry.info/201404/article_3.html
https://myamya.at.webry.info/201404/article_4.html

指人形はどちらがいいのか? どっちでもいいのかな。

今週、とっても寒い日がありましたね。
関東でも雪が降った地域があったそうで、驚きました。
ここらにも4月に雪が降った年、あったなあ、と思い出したものの、
ずいぶん昔の話でした。


あ、前回、歳相応にうぐいす嬢さんに呼ばれたのに愚痴りました、
あの候補者さんは当選されました。
どうか、一般民衆が生きるのが恐くならない社会をつくってください。


同じく前回ちょこっとご紹介したエルモ、
改めて見てください。
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エルモはリクエストに応えてでしたが、
あの後、私が好きなクッキーモンスターも編んでみました。
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ビックバード、カーミット(カエル)、オスカー(ゴミ箱に住んでいる緑のキャラクター)にも
挑戦しようと思ったのですが、ここでとりあえずストップ。

以前編んでいた指人形は脚がついていないので、
ずいぶん雰囲気が違います。
何かのキャラクターを、と思うと、全身をつくりたくなってしまうのですね。
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最近ずっと、平日は仕事だけで疲れてしまい、何か編んだり刺繍したりするよりも
ホッカーペット上で寝てしまうのが常ですので、
また次の週末、何かつくりましょう。

女性の呼び名

今日は、最近の外猫さんとのお付き合いについて書こうと思っていました。
出会うと喜んでくれて、ついてきてくれけれど、もう飼えない。
別れた後で事故にでもあったらどうしよう、
というせつなさを吐露したかったのですが、、
急遽、変更!です。


今日のテーマは「女性の呼び名」
それも、「知らない女性をどう呼ぶか」


実はほとんど愚痴なので、時々関係ない画像を入れます。
その部分は字の色を変えましょう。

  まずは、先日風で飛んできてしまったらしい桜の小枝
  
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  持ち帰らせてもらって、飾りました。ささやかな自宅お花見です。
  
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たとえばスーパーで試食販売中の人、
通りかかる女性に声をかけます。

「お嬢さん」、「奥さん」、「お母さん」 等々。


むかぁし、「奥さんじゃありません」って1回だけ言ってみたことがありました。
先方(男性でした)はもう他の方に声をかけていたので、反応なし。


実際にお子さんを育てていらっしゃる方も、
試食販売の人の母親じゃない、と言いたくなることだってあるかも。

ないかな。
どう呼ばれようと、あまり気にしませんものね。

男性にはどう声をかけているのでしょう。
意識したことがないのでわからないのですが、「学生さん」とか「旦那さん」とか、かなあ。


スーパーなら、「お客さん」に統一すればいいのに、
なぜ、女性を呼び分けるの?


 先日、友人からの依頼で編んだクマさん


  
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どうして急遽、こんな、私のブログに似合わない話題になったかというと、
選挙運動が原因。

さきほど買い物に出たら、明日の統一地方選挙の選挙戦最終日とあって、
駅は何人もの候補者さんたちがアピールしていらっしゃいました。


帰り道でも、選挙カーが走ってきました。
「お疲れさまです」という思いで頭をちょっとだけ下げたら、

「ありがとーございます。いま、おおきくうなずいてくださいました
おばあさまのおもい、うけとめさせていただきました。
ありがとーございまーす」  と。

「おかあさま」の聞き違いと思いたかったけれど、「ば」だったようです。

そりゃあ、近所だからたいしてお化粧もせずに出かけましたし、
杖も持っていましたし、ゆっくり歩いていましたよ。

でもさ、でもさ、

「女性の方」とか言えないんだろうか。



  おしまいには、やはり友人からの依頼で編んでみた、
  セサミストリートのエルモの指人形。
  
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  次はクッキーモンスターに挑戦です。

白いハト

先週の日曜日、出かけるために駅で電車を待っておりました。

ふと見上げると、わっ!
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駅の天井のあたりにハトがいることは珍しくないですが、
なんと、真っ白!
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低い位置に降りてこないかなあ。
尾羽が黒いので、羽根を広げたところを撮りたいなあ。

でも鈍いものですから、飛び立った瞬間にスマホを構えることができず、残念。
どこかにとまってくれないと、写せない。
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そのうち電車が来てしまい、
また駅の天井近くにとまったところまでしか見遂げることができませんでした。
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見えますか? 


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それにしても、そのハトを見て喜んでいたのは私だけだったようで、
ほかの皆さんは見慣れていらしたのか、ホーム上、私以外は落ち着いたものでした。



明日から4月です。
なのに、この辺りは今日も寒くて。

でも、桜はもちろんのこと、春の便りは聞こえてきていますね。

先日いただいたツクシ。
どこかに生えていたのを つんでいらしたそうです。
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佃煮にしたり、炒めるとよいそうですが、
たった2本ですし、かわいくて、飾ることにしました。
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花粉症の方々にはお気の毒ですが、
春、きますね。

ベルのこと

今日は、今は亡き猫のはなしです。
前々回にルンのはなしをしたばかりなのに。


今度はベル。
3月20日が彼女の命日でした。
亡くなったのは2012年。我が家に来てくれてのは2011年12月25日。
つまり、ほんの3ヶ月の同居でした。

2010年の冬に外で出会った時、
それはそれは立派な、目力の強い外猫でした。
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あまりに立派な姿に恐れ入り、お会いできて光栄、と感謝したのですが、

その1年後、
「ひどく痩せた長毛猫がいる」と言われて行ってみると・・・・・・

なんと、あのコだったのです。
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撫でさせてくれるので撫でてみると、直接骨が感じられるぐらいに痩せていて、
このまま放っておくことはできない気分にかられてしまい、

数日後、キャリーを携えて行ってみたら会えて、
キャリーに入ってくれたので、我が家へ。
協力してくださった方がいらして、車で移動することができました。


1年前には座るとベルのようにふっくらして見えたことと、
クリスマスに来てくれてので、ベルちゃんと呼ぶことにしたのです。
なんと、あの目力と雄々しさを備えながらも、女のコでした。
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貧血がひどく、難しい状態でしたが、
コーミングをするとステキな毛並みが戻ってきたようでした。
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外を見ていることもありましたが、
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部屋にも慣れてきてくれたようでした。
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それでも、症状が悪化して、ほんの3か月で、
2012年の春分の日に逝ってしまいました。

  思えば、ミャミャもベルもルンも、私に看取らせてくれました。
  きいちゃんは看取れませんでしたが、その話は4月の命日にでも。


ベルへの心残りは、
「元気になってまたあそこに戻ってみようね」と何度も何度も言いながら、
それがかなわかなったこと。

戻るか、景色を見せてあげたかった。
少なくとも、景色は見せてあげられるぐらいには元気になってくれると思っていたのに。


ここまでの話は当時のブログに書いてありますし、
これ以上あれやこれやと書いても重複するだけなので、

今まで書かなかったことを。


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最近、ふと思ったのです。

もともと目力が強いコではあったけれど、
我が家でもそういう目をしていることがあったのは、

「室内になんて来る気はなかった。
あのまま、じきに死んでしまったとしても、その方がよかった。
元気になったら出て行ってやる」

と、私を恨み続けていたのではなかったか。


コタツの脇で寝てくれていましたが、くつろいでいるわけではなかったのかも。
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私の背中に昇ることが多かったのですが、私を認めてくれたわけではなかったのかも。
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衰弱していたので、ネル生地でくるんで抱っこしたりしていましたが、
抵抗する力が無かったから言いなりだっただけじゃないか。
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抱かせてくれたのも、そうだったのかもしれない。
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そう思いついてしまうと、自責の念に拍車がかかります。


外猫を保護することに何の揺らぎも無い方たちがいらっしゃいます。
怪我をしたり、弱っていたり、怖い猫がいるために居場所が定まらない、等々、
保護することに迷いが無く、いつまでも懐かなくても、保護したことに疑問を感じない、
そういう強い意志をもった方々。羨ましいです。

ベルが存命だった間、元気になったら戻ってみようと思っていたのは、
彼女が過ごしてきた場所に戻りたいだろう、
友達や恋人(猫)がいるかもしれない、
などという思いがあったからです。

でも、何匹も保護して自宅で看取ってきた方からは、
本気で戻す気?と言われました。


あくまでも、外で生活できるほど元気になれば、の想いでした。
キャリーに入って電車の揺れに耐えられる程度になったら、
せめて暮らしていた景色を見せてあげたい、と。

でも、保護することに揺らぎの無いその方にはそんな発想はなかったようです。


今頃になって、ふと、うちに連れてきてしまったこと自体を責める自分がいます。
彼女のお骨は、今もミャミャとルンのお骨に挟まれるように我が家にいます。
本来なら、彼女は暮らしていた場所で眠りたいだろうと、ずっとずっと思っています。
でも、我が家に来てもらってしまったから、お骨も今、私のそばにいるのです。

彼女がどんな思いでいるか、ただただ申し訳なくなってきました。


当時、ミャミャだけだった我が家に突然やってきたベル。
 前回ご紹介した「ちいくん」改め「にゃんたくん」よりずっと後のことでした。

ミャミャと時折見合っていました。
いったい何を話していたのでしょうか。
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ミャミャ 「なんでうちにいるの? そこ、あたしの場所なんだけど」
ベル 「あたしにもわかんないわよ!」 とか?
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ミャミャ 「具合が悪いらしいから置いてあげるけど、ほんとは私のおうちなの。
元気になってもここにいるの?」
ベル 「とんでもないわ。元気になって戻るわよ」 とか?
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けっきょく3ヶ月しか生かしてあげられなかった。
たった3ヶ月で逝かせてしまった。

ごめんなさい、ベルちゃん。

懐かしい猫さんとの逢瀬

昨日、懐かしい猫さんに会わせていただきました。

彼との出会いからお話しさせてください。
長くなります、


あれは2003年初夏のこと。
職場近くに子猫が現れたのです。
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成猫が現れることや、親子で歩いていることはあったのですが、
子猫1匹だけというのは珍しく、なんとも心配。
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なのでお昼休みのたびに様子を見に行っていたら
仲良くなりました。
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私は「ちいくん」と呼んでいました。
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そのコはヒトが好きで、なつっこく、そこにやってくる皆に愛されていました。

お弁当のおかずやヤキソバを分けてもらっているのは心配でしたが、
皆に可愛がられて、その場所に住み着いたようでした。

豪雨や嵐が来るという予報が出ると、
箱にタオルを敷いて、ビニールをかけて置いたりしました。
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普段は石の上や土の上やベンチの上で眠っているようでしたから。
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もちろん、世の中には外猫を可愛がることをよく思わないヒトもいらっしゃいますから、
箱ベッッドは暗くなってから目立たない場所に置き、朝一番に片づけて。
あ、1度箱が捨てられていた朝もあった記憶が。
あれからは置けなかったかなあ。


彼は訪れる皆が好きでした、
なのにある日、私の職場をつきとめて、入ってきてしまったのです。
2003年8月21日のことでした。

「遠くに捨ててこい!」との上司の指示。

抗う勇気がなかった私は彼を抱き、少し離れた茂みへ。
茂みの中に彼をおろして、「後で迎えに来るから、ここで待ってて」と。

仕事を定時であがって迎えに行くまで2時間ほどだったでしょうか。
彼、いてくれたのです。


で、その日のうちに私と一緒に我が家へ。
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獣医さんで診ていただくと、健康、とのこと。


ところが、
我が家にはすでに3歳のミャミャがいて、
他のコが来て戸惑い緊張するミャミャ、
自分だけと思って来たのに先住のお姉さんがいて戸惑うちいくん、

双方のストレスが心配な日々が続くなか、
彼を気に入ってくださった友人が引き取ってくださり、「にゃんたくん」になりました。

それが8月29日でしたから、
今思えば、
もしかしたら、もっともっと長く時間をかければ同居できたかもしれません。
でも、そうしていたら、私といたら、彼には今のような幸せはなかったでしょう。
可愛がられて大事にされて、元気で、もうじき16歳ですから。

引き取っていいただいてからも、何回か、
ご家族のご旅行の時などにお預かりしましたが、
私の病気がきっかけだったか、ミャミャが体調をくずしたのだったか、
お預かりしなくなって何年も何年もたちます。

これは2004年秋の写真で、大きくなったのが嬉しくて30cm定規をそばに置いています。
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こちらは2005年
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  引き取っていただく際にはお留守にする時はいつでも預かると申し上げたのに、
  その約束を反故にしてしまって。

  このブログの過去の記事に、彼のためのホテル開業の記事がいくつかあるはずです。
  ここに書いてきた話はそこでも繰り返し繰り返し書いているかもしれません。


そして、昨日。
会わせてくださるというご好意に甘えさせていただき、
お宅にお邪魔しちゃいました。

覚えてくれているだろうか。
いい印象で覚えてくれていたらいいなあ。
ついていったのに手放したヒト、という思いがあるかもしれない、
それなら覚えてくれていない方がいいかな、
いや、それが事実なのだから、それもしかたない。

とにかく、覚えてくれているかどうか、ドキドキで、伺いました。


会ってすぐ隠れられてしまったのですが、
その後、
眠っているところを起こしてくださり、
寝ぼけているうちにそっと抱かせてくださいました。
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  余談ですが、このカーディガン、ずーっと前に編んだものなのですが、
  この日の夜(昨夜)にあった食事会でご一緒した方々から、
  とってもほめていただきました。ありがとうございました。


さらにその後、カーテンに隠れている彼を撫でさせていただきました。
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思い出してくれるかもと思い、何度も ちいくん と呼んでしまいました。
今のご家族には失礼なことで、申し訳ありませんでした。

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彼は私を覚えてくれていたのではなく、
緊張して動けなかったそうです。
ご家族がそばにいてくださったので私を攻撃することもできなかったのでしょう。
だから、撫でさせてもらえたのですね。

もしかしたら、涙目の私から、彼への思いは感じ取ってくれた?
いえいえ、それはないですね。せめて「猫肌恋しさ」は感じてくれた?
いえいえ、これも私の勝手な思い込みにすぎません。


ご家族のご好意に感謝、
にゃんたくんの緊張と我慢に、申し訳ないながらも感謝、です。


来月で16歳です。
ミャミャが15、16歳の頃は点滴や獣医さん通いで苦しい思いをさせてしまいました。

でも、「にゃんたくんは毛艶もよく、元気です。
その友人が家族にしてくれたおかげで、幸せに長生きしてくれています。
ありがとうございます。

カーテンの陰からでて来てはくれなかったので、
その場でのショットをもう少し。

かわいい感じ
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かっこいい
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もっともっと長く長く、元気でいてください。